年をとるということ


先月の末日でめでたく32歳になりました(・∀・)!!

今回はこの「年をとる」ということについて語ってみたいと思います。

ある一定の年齢から自分の年齢を言いづらくなる人や他人に年齢を聞くことが失礼だという人も多々いると思う。

おれにはこういった意味が

まったく理解できない。

なんで年齢を聞くことが失礼になるの?
むしろ堂々と言えばいいじゃない。

極端に言ってしまえば

年齢=誇り

だと思うんだよ。

基本的におれは男女関係なく,気になった人になら迷わず年齢を聞きます。
そのときの反応でどういう人なのか第一印象が決まる。
あくまでも「第一印象」だからその後の付き合いで変わる可能性は大いにあるが。

そりゃね,おれも一人の人間だから,人付き合いのためにすぐには聞かないようにしてるし,聞きやすい状況になったら聞くとか合わせてるけどね。

ここで,

「いくつに見える?」

と,本気で言う人には

( ゜д゜)<「わかんねーから聞いてんだろーが mad

と心の中で叫び,ウンザリする。



それはさておき…こういう自分から年齢を言わない人は,おそらく自分の人生そのものに自信や誇りがないのではないだろうか?
この考えに共感したとしても,こう言われて「そうかもしれない」と思える人は数少ないはずだ。

おれが言っているのは表向きの感情ではない。
本人も気づいていない深層心理に潜む感情。

逆に,即答する人は今までの自分の人生に対しての自信と誇りに満ち溢れている(かどうかはわからんが)ように思う。

ポイントは,自分の人生というところ。
自分の容姿うんぬんではなく,これまで生きてきた人生

年をとるということは,人生の経験が増えるということだ。

素晴らしいことじゃないか。

何も恥じることはない。

男の30代と女の30代は違うと言う人もいるだろうが,おれから言わせれば

同じだよ

どっちも

人間の30代



「若い頃の苦労は買ってでもしろ」


誰しも一度は聞かされたであろうこの言葉。

この,「若い頃」というのがどのあたりまでを指しているのか人それぞれだと思うが,おれが思うにこれは10代~25歳までだと思う。

それまでの経験が30代を境に生きてくる。
少なくともおれはそうだ。

こればかりは本人が経験しないと実感しないだろう。

40代の人から見れば32歳も若いと思うだろうし,50代の人から見れば40歳もまだ若いと思うだろう。
それを言ってしまったらキリがなくなる。

どれだけ生きてきたか?

ではなく

どのように生きてきたか?

この違いが,自分から年齢を言うか言わないかではないだろうか。

前者は,1歳年上なだけで先輩ヅラしてるようなタイプ。
「年が1つ上」ということだけしか武器がない。

後者は,「経験」を優先するタイプ。
自分にない経験をしている人には,年上の人にはもちろん,年下の人でも尊敬する。

年齢を重ねても薄っぺらな人生かもしれない。
年齢が若くても分厚い人生かもしれない。

「苦労」なんてできるならしたくないと思う。
誰だってそうだ,おれだってそうだ。

だけど,あえて茨の道を進んでみよう。
それが将来の「分厚い人生」になるのだから。

おれはそういう人間であり続けたい。


これから先,二度目の結婚があるかわからないけど,もし,結婚して嫁さんが60歳,70歳,80歳…いくつになっても,誕生日には

おめでとう

と言い続けたい。

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1件のコメント

  1. カッコいい!興味をそそります

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